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☆☆☆ 雨聴庵・2009年のイベント ☆☆☆
◆8月7日(金)〜8月18日(火)11時〜18時 
  中川こうじ写真展「のらねこ。」〜ちいさな命の物語〜
  戦場カメラマンとして、世界各地で活動され、現在はノラネコの撮影、
  保護活動に取り組まれているフォトジャーナリスト、中川こうじ氏の
  写真と詩を展示いたします。社会の片隅で懸命に生きる「家なき猫」
  の姿を通して、命と平和の大切さを考える写真展です。会期中無休。

◆8月22日(土)14時〜
  森の音楽会 〜過ぎゆく夏に〜 ソプラノ(渡辺道代)& ギター(五十嵐友洋)
  「サウンドユニット“あ♪ん”」など、コンサートやデイナーショーで 
  活躍され、「2006年・ディスカバークラシック」で「オーディエンス賞」
  を受賞された渡辺道代さんと、若手実力派ギタリスト、五十嵐友洋さん
  のコラボで、シャンソンやアリアなど、軽井沢にふさわしい名曲の数々を
お届けします。 (¥2,500 飲物付)

◆8月22日(土)〜9月1日(火) 8月26日(水)27(木)休
  田島環展 aqua works in Karuizawa
  透明感があって、幻想的。国内で多くの個展を開かれ、海外の展覧会にもたびたび出品されている田島さんの、色彩感覚あふれる抽象画の世界へようこそ。

◆9月18日(金)〜9月27日(日) 9月24日(木)25日(金)休
  
植物画展 〜金子惠子から12の月の贈り物〜
  ヨーロッパの家庭では古くから親しまれ、よく見かける植物画。草花を愛しみ、長年にわたって描き続けてこられた金子さんの展覧会です。部屋に飾れば、温かく、くつろげる、和みの空間を創り出してくれます。
| イベント案内 | 01:04 | - | trackbacks(0) |
〜 ギャラリー・カフェ「雨聴庵」ご利用案内 〜
 「雨聴庵」はイベント、作品の展示スペースとしてご利用いただけます。作品鑑賞を通しての交流、文化・情報発信の場としてご活用ください。


■作品のジャンルは問いませんが、店内スペースの関係で展示が不可能な場合があります。また、店の雰囲気にそぐわないと判断した場合はお断りすることがございます。
 展示以外の目的でのご利用についてもお気軽にご相談下さい。

■展示期間は5日間以上。(展示を伴わないイベントについてはご相談ください)
期間:GW・7月〜9月 *他の時期についてはお問い合わせ下さい。
 時間:11:00〜18:00  水・木休(変動あり)
 使用料: 7月上旬・中旬 9月中旬・下旬  ¥4,000/1日
 (税込) 7月下旬(海の日連休〜)・8月上旬・下旬 9月初旬  ¥7,000/1日
       GW・8月中旬 9月連休  ¥10,000/1日

   ● 販売手数料はいただきません。
   ● お申込み時に申込金として使用料の半額をお支払い下さい。残額は開催日までにお支払い下さい。お申込み後に解約される場合、申込金は返却できません。

■案内状などの作成は利用者で行って下さい。配布のご協力、また、可能な範囲でのPR活動を行います。
■作品の管理は利用者の責任とし、盗難、紛失、破損についてはいかなる場合も店側は責任を負いません。店の設備・備品を破損、汚染した場合は補修費用を申し受けます。
■搬入・搬出は利用者で行って下さい。
■オープニングパーティーについてもご相談下さい。
■店内図面他、ご不明な点は直接お問い合わせ下さい。
                      
   
Gallery Café 雨聴庵 
〒389-0111 長野県北佐久郡軽井沢町長倉3428-139
Tel・Fax 0267(46)0003
(休業期間中は090-1704-1280まで)
http://www.uchoan.com
| ギャラリー・カフェ「雨聴庵」ご利用案内 | 17:11 | - | trackbacks(0) |
桜の季節に逝った猫


白色で、所々に小さな黒いブチのあるオス猫、ゴン太。百戦錬磨の野武士。汚れ、傷だらけの、頑然とした野良猫。ゴン太というのは、私が勝手に名付けて、呼んでいた名前。
 住宅街の、踏切に近い路で、時おり彼を見かけた。彼はいつも独り路傍を歩いていた。前方を見ていても、特に何かに興味を示すふうでもなく、うつむき加減に、一定の歩調でゆっくりと歩いていた。私が呼びかけても、振り向いたことはなかった。
 去年の桜のころ、いつもの場所で、ゴン太に出会った。しばらく見ない間に急激に痩せ衰え、死が間近に迫っているように見えた。
 彼は歩くのがやっとという有様で、ひどくよろけながら身体をひきずり、路傍を一歩一歩進んでいた。
 しかし、私は彼に救いの手を差し伸べはしなかった。
 彼は私に目もくれなかった。助けを欲しているようには思えなかった。険しい人生の終着点に、自分の意志と力で到達したいように思われた。
 人と人の関係が様々であるように、人と猫との関係も様々である、と思う。

 しばらくして、ゴン太が死んだことを踏切の近くに住む人から聞いた。
 ゴン太がいつも数軒の家を回って食物を得ていたことを知った。自分の死期が迫って、その一軒一軒を訪ね、挨拶をしていったのだという。
 あの日、苦しそうに、力を振り絞って歩いていたのは、ゴン太のお礼行脚だったのだ。
 ゴン太が死に瀕しているとは気づかず、彼の行動を不可解に思った世話人もいたらしい。
 そして、ゴン太が最後にめざしたのは、踏切の傍らのIさんの店だった。Iさんは気さくで気丈なひと。これまでも野良猫を看取っている。
 Iさんは、ゴン太のためにフカフカの温かい寝床を用意した。ゴン太は一晩
その床で眠った。
 翌朝、Iさんは、線路わきの土手で息絶えているゴン太を見つけた。
 ゴン太が最期に見た夢は、一体どんな夢だったのだろう……。
                                          庵主
| 日記 | 16:37 | - | trackbacks(0) |
地域猫・フクちゃんの独りごと
 おいらの名前は福。おいらに、そして、周りのみんなに幸福をもたらしますように、という願いを込めて名づけられたそうだ。今年で16…ン?17歳だっけ?生まれてからこの方、ずっと野外で暮らしている。つまり、ノラ猫だ。




 おいらは15年ほど前、弟のクリを連れて庵主の家に現われた。マイホーム志向のクリは、男のくせに、猫なで声と色っぽい仕草で、あっという間に先住の親分猫にとり入り、気弱なおいらはといえば、「あんたも一緒に住めば」と庵主から誘われたものの、先住猫たちに気を遣いながらの団体生活は性に合わず、クリと別れ、ホームレスの道を行くことにした。

 当時、庵主の家には、やたらに外好きで、しつこくからんでくる白猫がいて、おいらはモーたまらず、近所の92歳になるKお婆さんさんのもとに避難した。 お婆さんが亡くなってからは、その近くのSさんに世話になった。そこでは、おいら、シロちゃんと呼ばれていたっけ。Sさんは、「おばあちゃん」という名前のまんまるとした三毛猫を飼っていたが、おっとりしたご老猫に似合わず、彼女はいつも勇敢においらを苦手なゴローから守ってくれた。
 ゴローはよくおいらに噛み付いてきて、さんざん意地悪なことをされたが、今になって思うと、実は気の毒なヤツだった。ゴローはKお婆さんに気に入られて一緒に暮らすようになり、耳が遠くなったお婆さんのために、玄関に人が来ると知らせていたらしい。すっかり飼い猫になっていたところが、独り暮らしのお婆さんが亡くなって、再び外に出されてしまった。室内の暮らしに慣れてしまったゴローにとって、外の生活はつらかった。Sさんが面倒をみてくれたけれど、Kお婆さんがいなくなって淋しくて、荒れていたのだと思う。

 16歳といえば、人間にしてみれば、高校生だ。生まれつき丈夫なたちで、雨にも負けず、風邪にも打ち勝ち、冬の寒さにも、夏の暑さにも耐え、目立たず、慎重に、食べ物だけはしっかり確保して生きのびてきて、気がついてみると、この辺りでは最長老のノラになっていた。
 おいら、長年、たくさんの仲間の生き死にを間近で見てきた。ゴローはあちこちで喧嘩したあげく、ある日、路上で息絶えた。親切な人に救われた幸運な仲間はほんのわずか。とりわけ、子猫たちは哀れだ。重い病気を背負って生まれてきた子猫、カゼをひいても治療してもらえずに弱っていく子猫。せっかく命をもらってこの世に生まれてきたのに、生きたいと願いながら、生まれてきてよかったと思えることもなく、力尽きて死んでいく。なんとか生きのびて大人になっても、邪魔者あつかいされる毎日は試練の連続だ。だから、幼いころから、険しい面がまえを作って身を守り、心にヨロイを着せて生きていく。
 野生動物は野外にいても険しい顔はしていない。おいらたちは野生動物じゃない。身勝手な人間たちのせいで外の暮らしをしている。「野良猫は自由でいいなあ」なんて言う人たちに、いつになったらおいらたちの心の叫びが届くのか……。でも、怒るまい。恨むまい。今日を精一杯生きよう。

 3年前、おいらにちょっかいを出していた白猫が16歳で死んで、おいらは再び庵主の家に戻って来た。弟のクリは4年前に心筋梗塞で逝った。庵主が保護した子猫とよく遊んでやっていたそうだ。敏捷で、可愛い弟だったのに……。昔は、「笑顔が尾車親方そっくり」なんて言われてふくよかなおいらだったが、最近は寄る年波のせいか、衰えが目立ち、顔もしょぼしょぼして来た。庵主に「フクちゃん、ボケてきた〜」と言われるが(猫は人間の言葉が分かるんだぞ)、確かに、気がつくと、道の真ん中にボーッとうずくまっていたりする。でも、ネコ缶を開ける音は遠くからでも聞こえるし、小走りに急ぐこともできる。

 庵主は気がきかないし、不在の時期もあるが、向かいの家や、そのお隣さんも、みんながおいらのことを気遣ってくれて面倒をみてくれるので安心だ。
 庵主のツレアイは、猫小屋なるものを作ってくれた。外見は保護色になっていてイマイチだが、雨風を防げるように、入口を小屋の隅に小さくとり、巣穴をイメージして長方形の落ち着ける作りにしたのだそうだ。小屋の中にウールを敷き、ホカロンを入れてくれるので、老いの身には助かっている。


あれ?猫小屋にお客さんかな?


チェック!


 毎日がご隠居暮らしのおいらの楽しみは、庵主や猫好きな人たちの井戸端会議に参加することだ。おいらのことを話しているのかもしれないと思うと気にもなるしね……。



 毎日、道端にぼやんとしていると、たくさんの人たちが立ち止まり、おいらに話しかけてくる。いつもおいらのことを心配して、長いことなでてくれ、写真を撮って、振り返り、振り返りして立ち去って行く若い女の人。自転車で会いに来てくれる小学生の男の子。休憩時間におやつを届けてくれる工事現場のおじさん。寒いだろうと、ホットマットを差し入れてくれた人……。
 まるで、町角のお地蔵さまのような、おいら。優しい人たちに出会えて、その人たちが束の間、和んでくれるなら、おいらも嬉しい。それが、おいらの野良猫道――。これからも、毎日変わらず坦々と、風景にまざって生きていく。でも、寒いのは苦手。は〜るよ来い!早く来い。 (福)


〈地域猫のすすめ〉

 フクちゃんは、最近各地で増えてきている、いわゆる地域猫です。野良猫を保護して家族にしてやれればベストですが、色々な事情があって飼ってやれなくても、地域の人たちで見守り、世話をしてあげれば、猫にとって生きやすいだけでなく、世話をする側の負担も減り、病気や怪我など、何かあった時にも、みんなで対処することができます。フクちゃんのような地域猫は、そこに住む人たちの暮らしに潤いをもたらし、ご近所づきあいを活発、円満にしてくれます。
 フクちゃんをはじめ、このお便りに登場した猫はみんな不妊、去勢をしています。野良猫にエサをあげるのは、彼らの命をつなぐことですが、その際には、必ず不妊、去勢処置を行うようにして下さい。かわいそうだからと、エサだけをあげ続ければ、不幸な猫がますます増えてしまいます。生まれた子猫の大多数が死んでしまうことを心に留めてください。
                                         庵主
| 日記 | 18:36 | - | trackbacks(0) |
2009年。今年のキィーワードは?
 軽井沢のカフェ「雨聴庵」は、ただいま冬眠中です。ブログは続けるつもりでしたが、怠けているうちに、新年を迎えてしまいました!

 いきなり私の勝手な憶測で恐縮ですが、今年のキィーワードは「nature」
ではないかと思います。「nature」=自然。他にもいろいろな意味があります。天性、本質、ありのままの姿、活力、生命力……。折からの不況で、物質的な贅沢や華美な暮らしから、より簡素で、自然な生き方へとChange!が起こるのではないでしょうか。
 軽井沢についても、避暑地、別荘地としての従来のイメージを超えて、新たな魅力が求められているように思うのですが……。

 この一年、願わくは、幸福に過ごせますように……なんて書けるのは、今や年賀状ぐらいかもしれません。幸福って曖昧で、儚くて、とらえどころがないもので……。面と向かって口にするのも照れくさいし……。最近よく耳にする、 「いつも笑顔で」「毎日を楽しく」なんていう言い方も、今ふうに幸福を表わすレトリックなのでしょう。
他人からは不幸に見えても、幸福に感じている場合もあるし……。ものは考えよう、というように、自分にとっての幸せも考えよう……。万人共通の普遍的な幸福はありえないのでしょうが、概して、幸福な時ほど、幸福は見えにくいものなのかもしれません。
 それに比べて、不幸の「顔」ははっきりしています。不幸だって、考えよう。とはいえ、最大の不幸は、やはり、大切な人を失くした時でしょうか。圧倒的な不幸に出会った時、人は言葉を失い、ただ立ち尽くすことしかできないような気がします。先日、山田太一さんのドラマを見ていたら、印象的なセリフがありました。「本当の不幸は、心に届くまで時間がかかる」

 先週初め、脚本家の竹内日出男氏より一通のメールをいただきました。

「Re:ガザの悲劇 

 正月早々に暗い話題で恐縮ですが、目下のガザの悲劇に、僕は胸を締めつけられる思いです。
 13年前、次男が国連ボランティアとして赴任していたとき、カミサンと一緒に訪ねた地区だから、よそごととは思えないのです。
平和でさえあれば、地中海に面した素敵な観光地にもなれる立地条件。でも、150万ものパレスチナ人の住民が、イスラエル軍の許可なしでは自由な出入りさえできない「天井なき牢獄」のような狭い地区。
 あそこを空と陸から攻めるというのは、特に中心のガザ市などは、東京でいえば、墨田区や江東区みたいな下町の住宅密集地を空爆と市街戦で制圧するようなもので、逃げ場のない一般市民に犠牲者が続出するのは当たり前です。

 次男は赴任時、絵の上手な若者たちを集めて、殺伐たる落書きだらけの町のコンクリート塀を綺麗にし、平和な壁画を描く活動もしていました。それはささやかな失業対策でもありましたが、穏やかな表情の若者たちが、一筆一筆
丁寧に壁画(アラブの民話に材をとったものなど)を描いてゆく姿は、とても感動的でした。けれど、そんな美しい壁画も、たぶん粉々になって吹き飛んで
しまったことでしょう。

 国連が運営しているいくつもの学校にさえ砲弾が撃ち込まれ、子供たちを含む多くの死傷者が出たとのこと。僕は何もできない無力感に囚われるばかりです。こういう時にこそ日本政府がもっと積極的に動けないものか、と歯がゆくてなりません。情勢はむろん甘くないとは思いますが、おざなりの動きしか日本政府に見られないのは、口惜しいの一言です。 」                     


 1月15日現在、死者数は一千名を超え、その3分の1は子供たちです。  エジプトや国連が調停に乗り出していますが、攻撃は続いています。
 一刻も早い平和と、共存への模索を願ってやみません。

                                          庵主
| 日記 | 17:30 | - | trackbacks(0) |
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